頂き物小説

花街<雅様より>
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「・・・・・・・伊庭、何人落とした?」

俺は、すぐ隣をほくほく顔で歩いている伊庭に怪訝な顔で問うた。

「ん〜。20人ってとこかな。」

軽い調子で言ってから、「歳さんは?」とにやりと笑う。


・・・・負けてる。


「・・・ふ、ふんっ。すぐに追いついてやらぁ。」

俺は負け惜しみで鼻で笑った。


現在、二人が回ったみせは、四軒。
その時点で伊庭二十人、俺十八人なのだから、最後の五軒目で挽回するしかない。



「けどな、伊庭。目線で落とした女の子ならおそらく負けてないと思うぜ。」

言いながら、すれ違う若い娘に軽く微笑む。
すると、その娘は真っ赤になって小走りに駆けていく。

「・・・・・な?」

可愛いな、といいながら、名前も知らないその娘を見送る。


「・・・・・それは数えないからねっ。」

今度は伊庭が負け惜しみを言う番だった。




***





「さ、着いた♪」

伊庭は五軒目のみせを見上げて言った。

「いこうぜ。」




京へ上ってからというもの、俺はすっかり女で遊ばなくなってしまった。
近藤さんや総司がそんなこと聞いたら、「どこがだ!」と言うだろうけれど、確かに俺は昔ほど女遊びに興味を持たなくなってしまった。

いや、飽いたのではないだろう。
それよりももっと夢中になれることができたのだ。
今はそれに忙しくて、恋とは疎遠になってしまったのだろう・・・・。

・・・そんなことをぼんやりと考えていた。

「歳三はん?・・・・歳三はん!」

「いや、それとも・・・・京にはいい女がいないのか・・・・。」


ぴしゃっ。

「歳三はん、ひどい!」


突然頬に刺激が走り、俺ははっと我に帰る。



「ああ、すまんすまん。冗談だ。君は特別だよ。」

ついぼぅっとしていて、言ってはいけないことまで言ってしまったらしい。
「ごめんよ」と囁くと、女は嬉しそうに俺の胸に頬を押し当てた。

「歳三はんのいじわるー。でも、そないに言ってくれて、おまきはうれし♪」


俺は手持ちの紙の十八人の女たちの後に「おまき」と書き足した。


・・・・・やれやれ。

俺は恋というものが出来なくなってしまったのかもしれない。

はたかれた左の頬をそっと撫でてみた。
強い香の匂いが漂ってくる。

「なるほど、嫌われても無理はないな・・・」

相手が俺のために尽くしてくれていても上の空。
今だって、こうして考え事をしている。

女にしてみれば、自分が全てをかけて恋い慕っている相手に上の空で愛されることほど不愉快で寂しいことはないだろう。



「・・・・・・すまんな。」


目を落とすと、女は寝息を立てている。
遊女というものは、夜通し客の相手をするのだから、きっと疲れているのだろう。

俺は特に用のなかった寝台の上に彼女を運ぶと、自分の上着をかけてやった。




『俺にはどうしても叶えたい夢がある。だからお前のために恋して、死んでやるわけにはいかねぇんだ。』


それは昔、江戸を発つ少し前にある女に言った別れの言葉だった。

我ながら、なかなかくさいことを言ったものだと思う。
後で総司達に繰り返し冷やかされたのは言うまでもない。

だが今も、その気持ちに変わりはない。
俺はこれからもずっとその夢を追い続けるだろうから、俺の恋は全て『遊び』で終わっていくだろう・・・。




***




「・・・・さて、帰るか。」

間違いなく、俺の負けである。
これ以上やっても勝負は見えているので、俺は伊庭を連れて帰ることにした。

「伊庭、帰るぞ。・・・俺の負けだ、鰻以外ならなんかおごってやる。」

俺は伊庭のいる部屋の戸越しに呼びかけた。


「・・・・・・・」

返事がない。
おかしい、とっくに線香は尽きているはずなのに。


「おい、伊庭いるのか?先帰るぞ。」

「・・・・・・・・」

どうなってやがる。
先に帰ったのなら、戸は開いているはず。
俺は外道とは思ったが、壁に耳をつけた。



「・・・・・・・」

伊庭と女の声が聞こえる。 伊庭の声はよく通って聞こえるが、相手の方は声が小さいのと、泣いているようなのとで何と言っているのかよく聞こえない。

伊庭のやつ、女を泣かせてるな。


「だからー、オイラには全っ々その気ないんだけどなー。」

いつもの調子で軽い笑い声が聞こえると、それまでずっと続いていた女の泣き声がぴたりとやんだ。

「でしたら・・・・」


キン、と響く金属音。
そう、その音はあれに似ている。


『貴方が好きでした、歳三さま。だから貴方を、わたくしだけのモノにしとうございます・・・・・』

俺の脳裏にあの女の言葉がよみがえる。



「馬鹿、よせっっ!!」



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