頂き物小説

花街<雅様より>
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「あれぇ?歳さんじゃないか。」

京の花街、祇園。
久しぶりに歩いたその街で、不意に後ろから呼び止められた。

まったく、久しぶりの休暇ぐらいゆっくりさせてくれ・・・・俺、土方歳三はそう思ったが、よく考えたら、新撰組隊士の中に俺のことを『歳さん』なんて呼ぶやつはまずいない。

パタパタと駆け寄ってくる、軽い足音が近づく。
総司・・・でもない。あいつなら俺のことを『土方さぁん』と呼ぶ筈だから。
・・・・とすると・・・・・

俺にはそれだけで大体『声』の正体がつかめた。
そう、あいつしかいない。

俺はにやりと笑って、旧友を振り返った。


「よぉ、久しぶりだな、伊庭。」




***




伊庭八郎、心形刀流道場御家人の御曹司で、俺や近藤さんとは違い、本物の『武士』だった。

そのくせ、江戸にいたころは試衛館にごろごろと居座り、俺と一緒になって毎日吉原(江戸の遊郭)に繰り出してどっちがたくさんの女を引っ掛けられるか競争してみたり、遊ぶための小遣いを近藤周作先生(近藤さんの養父だ)にねだってみたり、総司をいじめて近藤さんに怒られてみたり、そこら辺のごろつきと派手に喧嘩してみたり、といろいろとろくでもないことをやった、いわば『悪友』である。


「・・・で、何でお前がここにいる?」

その伊庭とも、京へ発つときに別れたはずだった。
それなのに、こんなところ・・・京の祇園なんかで再開するとは。


「ひどいなー。それじゃオイラがここにいちゃいけないみたいじゃん。」

「・・・・そうじゃなくて。」

伊庭はけらけらと楽しそうに笑う。全く、こいつといると調子が狂う・・・・別に不快という意味ではなく、自分が真面目に話しているのが馬鹿らしく思えてくるのだ。


「わかった、わかった、教えるよ。もぅ、相変わらず短気だな〜。上様の警護♪」

俺が苛立たしげに見えたのか、伊庭は笑った顔のまま一歩下がる。
しかし、反省した様子は全くない。そういう男である。


「ほぉ。『上様の警護♪』・・・・ねぇ・・・・・」

困ったような伊庭の様子が面白くて、ついいじめたくなる。
俺はなめるような目線で、にやにやと笑いながら伊庭を見た。


「で?その『上様の警護♪』のはずのお前が何で祇園なんかにいる?」

「(ギクッ!)ほ、ほら、、、休暇さ。」

まずい、と思ったのか、伊庭の目が宙を泳ぐ。

「休暇、ねぇ・・・・。」

俺はもう一歩伊庭に詰め寄る。
相変わらず、面白いやつだ。



と、突然、伊庭がくつくつと笑い出す。
さっきまでの明るい笑い方とは違う、そうこれは悪事がばれたときの悪ガキの微笑み!


「くくく・・・・歳さん、オイラにはちゃぁんと、もう一つの目的があるんだぜ♪」


「・・・・・?」

にやりと笑うと、彼は一冊の本のようなものを俺に投げ渡した。

「・・・・・・日記?」


それは伊庭の書いた日記のようだった。
手にとって、ぱらぱらと頁をめくる。

これに、こいつが京へ来た本当の目的が・・・・・?


五月二十五日
天ぷらを催す。天野、三枝が参加。
夕方、近釜氏、三鎌氏ののところへ行き酒をご馳走になった。


五月二十六日
妙法寺へ参詣し大松をみた。大きい。

「朝涼や 人より先へ 渡りふね」

忠助は今日から来る。

「その昔 都のあとや せみしぐれ」

朝9時頃から4人で佐奈田山に登り大阪城外回り見物。
天満橋を渡り天神へ参詣、堂島で米市場見物。賑やか。
汁粉の店で汁粉を食べた。
近釜氏のところで酒をご馳走になる。


五月二十七日
午後、天豊、筒井、近釜と釣りに行き、難波新地ですしを食べた。
高津へ行った。夕方帰る。



「・・・・・・・・・・。」

俺はその一頁を読んで凍りついたように動かなくなり、黙って日記帳をぱたんと閉じた。
無言のまま、伊庭に突き返す。


「な?オイラも案外暇じゃなくってさー。」

「・・・・・・・・・・・。」

怒鳴る気力も失せ、それどころか呆れてものも言えない。

俺に負けず劣らず遊び好きだったこの道楽息子のことだ、もとよりまともな答えは期待していなかったが・・・・。
・・・・まさか、これほどとは。


「お前・・・・ほんとに、何しに来たんだよ・・・・・」


「ん?上様の警護♪」

この期に及んでまだそれを言うか・・・・
俺はめまいすら感じていた。




***





「じゃあさ、そういう歳さんは何しに来たのさ。新撰組、鬼の副長がこんなことにいるたぁ、まずいんじゃないのかい?」

「・・・・・・・。」

この野郎、さりげなく話をすりかえやがった・・・・。
今度は俺がどきっとさせられる番だった。


「いいだろ。お前と違って、たまの休暇だ。好きにさせろ。」

俺は伊庭から視線をそらす。
伊庭はしつこく俺の視界に回りこむ。


「なぁ〜んだ。やっぱり歳さんも遊びに来たんじゃん。」

今日においては的を得た真実なので、言い逃れはできない。



「この女好き〜。」

「お前が言うなっ!この女たらし!」

俺がすぐに挑発に乗ってしまう人間だとわかっていての挑発。
期待通りの反応に、伊庭は満足そうに続けた。


「まぁな〜。実際、この『伊庭様』のほうがもてたんだけどさ♪」

「・・・・・む。」

そう言われると、逆に、「いや、俺のほうが仕留めた女は多かった!」と言いたくなってしまう。
やつは負けず嫌いな俺の性格を見透かしているようである。


「江戸にいた頃は花街の人気を二分する色男といわれたんだけどな〜。実際はオイラのほうが・・・・・」

伊庭は俺の返事を狙っているかのようにちらちらと様子を見ながら、さらに挑発を続ける。
・・・・こらえなければいけない・・・・・けど。



「わかった。そんなに言うなら、試してみようぜ。今から。」


・・・・やっちまった・・・・・・。


それが自滅への道だとわかっていても、売られた喧嘩は買わずにはいられないのが俺の悲しき宿命なのだった。
俺は自分の妙な単純さを心の中で責めるが、いまさら遅い。

伊庭と再会して、現在『副長』をしている冷静な俺より、本来の勝負好きな俺の方がはるかに優勢になってしまったのである。


「今日一日で、五件のみせを回る。どちらがより多くの女を口説き落とせるか。落ちた女の名はちゃぁんと書き留めておくこと。・・・・いまさら降りるとは言わせねぇぜ、伊庭。」

口が勝手にしゃべる。
理性とは裏腹に、俺の心は江戸にいた悪がきだった時に戻ったように、勝負に対する期待と興奮に満ちていた。



「面白いねぇ、それ。乗った!」


伊庭も楽しそうに笑う。
二人は一軒目・・・一番近くにあったみせの戸をくぐった。


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