土方本

■□約束□■
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夢……かと思った。


<約束>


「__っ伊庭!!」

吹雪の中、その人影を見つけたとき、土方は思わず叫んでしまった。

自分の声がよほど切羽詰まっていたのだろうか、呼ばれたほうの男は一瞬驚いて立ち止まったが、雪の中から声の主をみつけると破顔してこちらへ駆け寄ってくる。


「歳さんっ!」



土方の、数少ない江戸での友人__まだ武士を夢みていたころの友人である伊庭八郎。
彼もまた、最後まで恭順の意を見せず抵抗しようと蝦夷へ向かってきた一人だ。
運悪くも乗り合わせた船が座礁して、上陸が遅れてしまった。


「生きてたのか…」

呆然と、夢見心地のまま言葉を発する土方。そんな土方を嬉しそうに見上げる伊庭は、数年前と変わらない。
いや、少し男らしさが増しただろうか。


「おいらがそんな簡単に死んじまうようにみえるかぇ?懐かしいなぁ、歳さんの活躍ぶりはよく聞いてるさぁ。おいら、ここへ来りゃぁどっかで歳さんに会えるんじゃねぇかと思ってたんだよ」

懐かしい声、相変わらずよく回る舌だ。



こんなところで彼に再会しようとは思ってもみなかった。蝦夷に来て、遊撃隊の者たちとは会ったが、その中に伊庭の姿はなかったのだから。


思いもかけない出来事に立ち尽くしていた土方だが、昔と変わらない友人の様子に次第に笑みがこぼれる。



が__


「__っ。伊庭…」
ふと目を下にやった途端、土方の顔は険しくなった。


目線の先には左腕。


「あぁ、これかぇ?ちょいとばっかししくじっちまって…皮一枚でブラブラしてんのも分が悪ィから斬っちまったんだ」

大したことじゃないという風に告げる伊庭の左手首から下には、在る筈のものが無かった。


「伊庭…お前…」

「やめとくれよ。そんな顔するのはおいらが死んじまったらにしてくんな」

そう言って、友は残った右手で土方の背中を叩いた。


「せっかくの再会さね、明るくいこうじゃねぇか」
からからと笑う伊庭に、土方も苦笑する。


「まったく…お前といると調子が狂う」

言いながらも土方は嬉しそうだった。




それから忙しい日々が続き、やっと一段落したある日、伊庭がひょっこりと土方の部屋を訪れた。


「歳さんいるかぇ?」

一応疑問系になってはいるものの、ドアは既に開いている。
この男に、ノックするという気持ちは無いらしい。


土方は机に向かっていたが、聞き覚えのある台詞にふと懐かしさを感じた。

昔はよくこうして伊庭が試衛館に遊びにきたものだ…
遊びに、と言っても悪さをしたり売られた喧嘩を買いに行ったりもしたが。



………


「…歳さん…そりゃぁ居留守のつもりかぇ?悪ィがおいら、もう部屋に入っちまったからあんまり役には立たないねぇ」


__はっ、と土方が思考を戻すと伊庭が土方をのぞき込んでいる。
どうやらしばし過去へトリップしてしまったようだ。


「__っ馬鹿、違ぇよ!!」

恥ずかしさに顔を背けてみるが、そんな土方を見て伊庭はまたからからと笑う。
お互いに懐かしい空気が流れた。



「歳さん、髪切ったんだねぇ」

しみじみと言う伊庭は、勝手にソファに寝ころんでいる。


「ああ」

「随分変わるもんだねえ、一瞬誰かと思ったよ」

「髪だけじゃねぇ、俺も変わっちまったよ。京で鬼になって、失うだけ失って……何もかもが変わっちまったんだ」

うつむき加減に話す土方に、伊庭は一瞬だけ切なそうな顔をしたが、すぐにまた微笑を戻した。

そして笑いながら言う。

「そんなこたぁねぇさ、歳さんは歳さんじゃねぇか。喧嘩上等、前だけをみて弱さは見せねぇ。おいらにゃちっとも変わってねぇようにみえるがねぇ」

「伊庭…」


顔をあげた土方と目があうことなく、彼の目は天井をみつめたままだ。

「そうさねぇ、変わったとこと言やぁ…」

天井から目を離し、土方のそれと合わせた。土方は神妙そうな顔つきでこちらをみている。


「歳さんちょいと美人になったんじゃないかぇ?」

「…は?」

予想外の答えに、土方の思考は一時停止した。
…が。

「__っの野郎!」

真剣に聞いてしまった自分が恥ずかしい。
そうだった、伊庭はこういう奴だったのだ。



土方は昔のように伊庭をどつこうとして…

だがためらった。


場に気まずい空気だけが残る。


伊庭の表情が曇る。

「…憐憫かぇ?そいつぁどうも良くねえなぁ。」

土方は戸惑った。しまった、と思ったが時すでに遅しである。

「…あ…」

「なぁ歳さん、おいらぁこんな傷どうってことねぇんだ。こいつぁおいらの戦場へ出たって証拠さ。だから痛くも痒くもねぇ。けど、そうやって同情かけられるほうが…おいらにゃ痛ぇんだよ」

「…すまねぇ」

苦笑しながら話す伊庭に、土方はばつが悪そうに謝るしかできなかった。


伊庭の機嫌が直るまで…


と。
いきなりソファに座り直した伊庭が笑い出した。
土方はわけがわからず呆気にとられている。

「ははっ、歳さんのそんな顔久しぶりさね。これだけでも蝦夷に来たかいがあったってもんだ」


どうも調子の狂うこの男を前に、土方は呆れにも似た溜め息をついた。


__まったく…こいつはどこまで本気なんだか…



だが、ちょっと考えて訂正する。


こいつはどれも本気なのだ。
人が傷つくのを嫌い、場を明るくしようと一生懸命な…


それは昔から変わらない伊庭八郎の姿である。


「何言ってやがる…このクソガキが」

土方は、苦笑しながらもう一度溜め息をついた。



「さて…と。そろそろ戻るかねぇ」

伊庭がソファから起き上がって伸びをする。

楽しいひとときは驚くほど早く過ぎるもので、気づけばもう日が落ちていた。
明日には伊庭は松前に戻らなければならない。
伊庭は遊撃隊を率いていて、松前守備の任があるのだ。


「おぅ」

土方は伊庭の背中を見送る。

だが伊庭の手がドアにかかったその時、土方は体の震えを感じた。


よぎったのは不安。


「伊庭っ!!」

思わず呼び止めてしまった。土方の脳裏には、近藤や沖田がいる。

「歳さん?どうしたんだぇ、顔色が…」

「…死ぬな」

微かに震えている声で。

「歳さん…」

「近藤さんも総司も源さんも死んじまった。永倉や原田だってどうしているかわからねぇ…」

俯いたまま、先程とは打って変わって、土方は声を一層震わせて呟く。

伊庭には、土方の気持ちが痛い程に分かった。


「みんないなくなっちまうんだ…。もう、これ以上失いたくねぇよ…」

最後のほうはもはや言葉にならない悲痛さを含んでいる。


伊庭は普段気丈に振る舞うこの男の、親しい者だけにみせる別の一面に、何かを思い出したかのようにふっと笑った。


「やっぱり歳さんは歳さんさぁね」


ドアに掛けた手を離して、もと来た位置へ戻る。

そしてもう一度笑った。


「大丈夫、おいらは死なないよ。こんな寂しがりなあんた見ちまったら置いてくに逝けねぇや」


椅子に座ったまま半分だけ顔をあげて睨む土方の頭を、力任せにわしゃわしゃと撫でる。
色男が台無しだ。


「ははっ、歳さんすげぇ顔だなぁ。これが軍神とまでうたわれた御人かえ」


「…うるせえよ」


ふてくされる土方を面白そうに見つめる伊庭。伊庭にとっての土方はいつまでもあの頃の歳さんなのだ。



「あっちには近藤さんも沖田さんもいるからね、おいらはまだいらないだろう?」

穏やかな声。
心地よい声は土方の心を落ち着かせる。


「歳さん、歳さん、見てておくれよ。あんたより少しでも生きてやるさ。だからおいらが逝ったときは、歳さんが出迎えとくれ」

「……ふん」



伊庭は満足そうに笑った。これは土方語で「ありがとう」であることを知っているから。



それを知っているのは、長年の付き合いの証___


これから先何があっても土方より長く生きようと、伊庭は心に誓った


fin.



★☆★☆★☆★

あとがき?

歳さん…何歳ですか?

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