土方本

■□大鳥圭介の受難□■
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土方歳三。

34歳。

好きな物
__たくあん、梅、俳句その他

苦手な物



____大鳥圭介。


<大鳥圭介の受難>


「……はぁぁぁ」

異様に大きなため息が、さして大きくもない部屋に響いて。
部屋の主である大鳥圭介はそのまま机に突っ伏してしまった。
彼のよき友、本多幸七郎は慣れた手つきでお茶を入れている。

「それで、今日はいったいどうしたっていうんですか」

まぁ大体は想像はつくが。
一応相づち代わりに聞いてみる。


「…土方君はどうやら僕のことが相当に嫌いらしい」

「何を今更」

再び盛大なため息と共にはき出された台詞は、慈悲のかけらもない本多の一言によって「推測」から「確証」に切り替えられた。

間髪入れずにきっぱりと返された大鳥は言葉に詰まる。
出されたばかりのお茶を一気に飲み込もうとして咽せた。


事は一刻前にさかのぼる。

今日「も」土方と大鳥は派手に口論を交わした。
土方が意見すれば大鳥はNOと言うし、大鳥がYESとでれば土方はNOなのだ、これでは軍議は進まない。
総裁・榎本武揚や副総裁・松平太郎も彼らにはほとほと困っていて。
五稜郭でこの2人の仲の悪さを知らない者はいなかった。
もはや五稜郭名物である。



「…土方君は命を粗末にしすぎなんだ。敵軍に自ら突っ込むなんて…無謀すぎる」

ぶつぶつと私室で文句をたれる大鳥。
たいしてありがたくもない聞き役に選出されるのはいつも本多だ。

「まぁ、土方さんにも土方さんなりの考えがおありなんでしょう。」

「それはわかっているさ!だけど…」

うなだれる陸軍奉行に、本多はやれやれと苦笑した。


大鳥は慎重に物事を考えるタイプだ。
確実性の無いことはあまり行わず、また根が優しいために犠牲は最小限にとどめたいと思ってしまう。
一度公開処刑をしたことはあるが、それも後のためにやむなく、といったものだ。

だから、大鳥からしてみれば土方の行為は命を粗末にしているとしか思えなかった。


「僕は彼といると熱くなりすぎてしまう…今日も…少し言い過ぎてしまった…かもしれない」

普段は比較的温厚な彼も、土方の無謀な意見には賛成できない。
まして土方が高飛車な態度で自分を否定すると、さすがに頭に血がのぼる。
こうなったらもう、土方の言うこと全てに対して否定の意しか湧いてこないのだ。


そして、一刻後にはいつものように後悔と反省会。。


「一度、土方さんとちゃんと話をしてみたらどうですか。落ち着いて自分の考えをちゃんと述べて、相手の考えもちゃんと聞いてみれば、何か違うかもしれませんよ」

「うーん…そうかなぁ…」

本多はどこか頼りないこの上司を励まし、彼の重い腰を持ち上げさせた。

立ち上がりながら、またしても大鳥がため息をつく。

「それ、本日三度目ですよ。ため息は幸せを逃がしてしまうんですからやめてください」


僕は今不幸のどん底にいる気分だよ…という大鳥の心の声は本多には届かなかった。



*****


一方、土方は守衛新撰組の部屋にいた。

疲れ切ったご様子の陸軍奉行並、こちら側の聞き役は2尺という巨体をもつ島田だ。

…彼の他に余計なのもついているが。

「また大鳥さんと喧嘩ですか、副長も飽きないですねぇ」

「うるせえ、俺だって別に喧嘩しようと軍議に参加してるわけじゃねぇんだ。なのにあの野郎が…」

「そうですよ!副長は悪くありません!悪いのはあの鳥あたまです!!!」

余計なものの一人、野村利三郎がギャンギャンと吠える。
市村鉄之助という子犬付きだ。
落ち着け、となだめるのは相馬主計。彼の苦労は計り知れない。


と、そこへノックの音がした。
市村がドアを開けるとそこには大鳥圭介。

思わずドアを閉めた。


土方に怒られたようで、市村が再びドアを開ける。

「何のようですか」

野村と市村は毛を逆立てて警戒態勢だ。相馬は呆れたように二人を観ている。

「土方君と話をしようと思って…その…そしたらここだと聞いたから…」

「副長は貴方と話をする気はありません」

一対複数という不利な状況にオドオドしながら答える大鳥。
対する市村は強気だ。

「鉄、そう歯をむくな。おい、お前ら少しはずしてくれないか」

「副長!!」

「悪いな、話をさせてくれ」


…ここは守衛新撰組の部屋なんですが。

それについて誰も文句を言わないのは土方への愛ゆえか。
ぞろぞろと退出する隊士達、市村と野村はかなり不満そうな表情を顔いっぱいに広げている。



「悪いな、大鳥さん。どうもあいつらは喧嘩っ早くていけねぇ」

自分のことは棚に上げて、土方は言う。
意外と普通な様子に大鳥は少し拍子抜けしてしまった。


「土方君…怒っていないのかい?その、僕はてっきり…」

「別にあんたの人格否定してるわけじゃねぇよ。今は軍議中じゃねぇんだし」

少しぶっきらぼうに答えるが、どうやら照れ隠しらしい。
思わず吹き出しそうになった大鳥は慌てて咳き込んだ。


「その…そのことなんだが、今日は少し言い過ぎてしまったと思って…あやまりに来たんだ」

少しおどおどした様子で、大鳥が話を始める。
正座しているのは緊張しているからだろうか。

「な…やめてくれよ大鳥さん。別に私は…」

「いや、こういうことはちゃんとしておかないと…。僕はつい熱くなってしまって…」

土方は予想外の事態にあたふたしていたが、大鳥の一生懸命さは十分伝わったようだ。

彼も姿勢を正した。

「あー…そりゃあ大鳥さんだけじゃねぇさ。こっちも同じだからな…ついつい余計なことまで言っちまうんだ、すまない」

はにかむように笑ってみせる。こんな顔を見たのは(大鳥には)初めてだ。


「だがな、大鳥さん」

優しげな表情は一瞬にして消えた。

「私は自分の考えを変えようとは思わない」

落ち着いた声で。
重みがあって有無を言わせないような。

「土方君…君はどうしてそこまで…死ぬために…戦っているのかい?」

大鳥も落ち着きを保った声で尋ねる。

「いや…私は…死ぬために戦っているんじゃない」

考えるように、言葉を一つひとつ選び出す。

「そうじゃないんだ…けど…戦いで命を惜しむことはしない」

「……」

「こんなことを言ったらあんたは怒るかもしれないが…私はこの戦が勝てるとは思っていない。」

「…うん」

「だから私は、やれるだけやって死にたいんだ。私には戦いしかない、これが私の全てなんだ…」

腰に差した刀の柄を、角張った長い指がなぞる。
大鳥は、魔法でもかけられたかのようにそれを目で追った。

「大鳥さん、あんたの言いたいことはよく分かる。だけど…私はずっと武士を夢見て生きてきた。刀を取って、命をさらけ出して戦って…そしてここまで来た。勝つためになんだってした。だから、これからもそれは変えられない。」

「…だが、君は一隊を率いる将だろう。なにも君が先頭きっていかなくても…」

黙って聞いていた大鳥がつぶやいたそれは、正論だ。

土方は少し笑った。

「どこにいたって、何をしてたって、銃弾は飛んでくんだよ。戦場での生死なんてもんは運だろ?」

それに、と土方はいたずらっぽく目を細めた。

「結局は性分だな。余裕のねぇときは、自分だけみてるってのは性に合わねぇんだ。」


この男は…

大鳥は呆れてしまう。
しかし同時に、彼はこのときの土方の表情を忘れることは無かった。

「全く…変わった男だよ君は」

「そいつはどうも」

呆れたまま、苦笑して言う。
土方はにやりと笑った。

「だがね、土方君」

今度は大鳥が土方の目をとらえて。
それはまるで駆け引きのよう。

「それは君の意見だ。だが、僕は君に死んで欲しくない、命を大切にして欲しいと思っている」

「大鳥さん…」

「君の人生だ、君が決めればいい。君が僕の意見に従わないことは分かってるよ。だけど…それでも僕はこれからも君に反対する。僕は…君が死んだら悲しいからね」


土方の瞳が揺らいだ気がした。
仲間を失う辛さは誰より知っているのだ。


「…すまねえ」

小さく呟いた言葉は、しっかり大鳥の耳に届いた。



*****



「さて、そろそろ戻らなくちゃ。君の部下が居場所に困っているだろうからね」

「あ…」

忘れていたようだ。
ここは土方の私室ではないのに。


まぁそれはさておき。


「そういうわけだ、これからも宜しく頼むよ」

「上等だ」

そう言う土方の笑顔は、無邪気なもので。
大鳥はしばし惚けた。

「なんだよ、なんか変か?」

怪訝そうに眉をよせる土方に。

「いや…君もそうやって笑っていれば綺麗なのに…」

バカ正直に答えてしまった大鳥。
言ってからはっとした。

土方に「綺麗」は禁句だ。


みるみるうちに土方の顔が赤くなる。
それは明らかに照れのせいだけではなくて…


だって殺気を感じるし__


「さっさと帰れ!この阿呆鳥ーーっっ!!」

逃げる大鳥の背に、本や鞄…部屋の中のあらゆるものが飛んできた。



「…誰が部屋を片付けると思ってるんですか…」

巨体男のむなしいため息だけが、再び静まった空間に妙に響いた。


fin.



★☆★☆★☆★

あとがき

大鳥圭介=ちょっと間抜けな揉み上げおじさん。

やっぱ、某大河の影響ですかね?こういう想像図が出来上がるのは。
それと、大鳥圭介伝と南柯紀行でしょうね。 実際は、もうちょっと格好いいんですよ、0.3割り増しくらいは。

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