土方本

■□夜明け前□■
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U 土方





沖田の具合が悪いのは知っていた。

いや、違う。
気づいていながら知らぬ振りをしていた、だ。



まさか、と思っていた。



自分の知る沖田という男は、背が高く日に良く焼けて、飄々と笑いながら軽口をたたくのだ。
良く食べ(いや、菓子のほうが多かったろうか)、子供たちと駆け回り、良く笑う。
彼をよく知る者で、彼を嫌う者などいないはずだ。

そんな沖田は、病気なんぞとは無縁のように思っていたのに。

咳が酷い、と人づてに知ったのはいつの事だったか。

当時も沖田は相変わらず、局長、副長の部屋に我が物顔で入ってきては、とりとめのない話をしていったが…。

自分の前で、具合が悪そうにしていたことなどなかったと思う。



いや、違う。

よく咳き込んでいた。

その度にむせただの埃がはいっただの言い訳をしていた。
風邪をひいたのなら寝ろ、と怒鳴っても、それほど酷くない、と言っては
大口を開けて笑っていた。



だから全く気付かなかったのか、と問われれば、それは嘘になる。

まさか__、そう思い、思考を停止してしまえば、何も起こらなかったのだ。



人間とは時に、非常に幼稚なことを信じるものだ。

わざと考えないようにしていれば、起こるかもしれない現実を捻じ曲げ、そんな事実はないんだと思い込むことが出来てしまうのだ。
嫌なことや辛いこと、そこから目をそむけることで、いつかはそれらが全て消えて無くなると思っている。

冷静に考えてみれば、そんな事には何の意味にも解決にもならないということは誰もが知っているのだが、
人間の心とは、それ程に都合よく出来ているのである。



では、それを知ってしまった今、自分にはどのような感情が残るのか。



それは虚無だ。

何も考えられない、何も手に付かない。
身体と心の全てが、一切を拒んでいる。

呼吸以外の何もできなかった。
呼吸すら出来ているのかどうかわからない。



土方は暗くなった部屋に明かりを灯すことも忘れ、ただひたすら中一点を見つめていた。

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