土方本

■□夜明け前□■
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それは、凍えるように寒い日の夕刻であった。




「土方さん…約束を果たしに来ました。」


襖越しに聞こえる沖田の声は低く、まるで機械音のように感情が読み取れなかった。






「貴方に…、貴方に殺していただきにあがりました。」










<夜明け前>








T 事





雪が降っていた。辺り一面が、真っ白な雪化粧に覆われていたのをよく覚えている。

その白の上に、沖田は真っ赤な血を吐いた。



  土方の前では初めての事だった。やってしまった、と何より先に思った。

ごほっ、ごほっと呼吸を整えながら、沖田は今ふり向くべきか、それとも土方の言葉を待つべきか迷ったが、
相手が言葉を発する気配も無いため、ゆっくり身体を起こしながら土方のほうを見る。



「_____________っ」



お互いがお互いの顔に驚いたことだろう。
土方は沖田の顔色の悪さに、沖田は土方の顔の凍りつき方に。

そのままどのくらいの時が流れたのか。
おそらくは2、3秒のことであろうが、2人には何十倍にも長く感じた。

と、沖田は自身の身体を支えきれず、前のめりに倒れかかった。



「総司っ!!」

たった今、呼吸をする、という行為を思い出したかのように短く言葉を発した土方は、慌てた様子で庭へ飛び出し、
自分よりもたくましく大きな身体を支えた。

「お前…」

沖田の口と手は赤く染まっていた。
人を斬ってきた後のようだった。

沖田は身体を支えられながら、自分より、この目の前の男のことが心配だった。





土方の手は震えていた。

その手を押しのけるようにして言う。

「大丈夫です。部屋に戻って下さい。」

「何を__っ」

「ははは、あんた裸足じゃないか。」



軽口を叩いてみたつもりだったが、思った以上に声がかすれ、土方には逆効果でしかなかったようだ。

一刻も早くこの場から去りたいと思った。
いや、一刻も早く去らねばならないと思った。



「ごめん、土方さん」

沖田は顔を上げずに、支えられていた手を押しやって、ふらふらと部屋へ戻った。

土方は動かなかった。
声を発する事もなかった。

顔は見なかったが、おそらく自分よりも血の気が引いているんじゃなかろうか、と思うと、
なんだかすこし笑いたくなった。

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