土方本

■□過去と現在と未来と□■
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移ろいゆく時の中でも

何故かあの景色だけは

色褪せることなく
鮮明に記憶の中に刻みつけられて



それは、此処がどこだか分からない錯覚に陥ってしまうような


…そんな___



<過去と今と未来と>


「蝦夷の桜は格別に美しいそうだ」

誰かがそんなことを言っていた。
土方はさして興味も無さそうにそれを聞いた。

時は明治二年。
ようやく雪が溶け、この極寒の地に春の日差しが差し始めていて。

あの時、土方は自分の目でその桜を拝むことは無いだろうと思っていた。

それより先に、命という名の華が散るだろう…と__



______

「桜を…見に行かないか」


大鳥圭介が土方のもとを訪れたのは一ヶ月後のこと。

大鳥といえば土方の上司にあたる陸軍奉行で、土方との軍議中の口論の多さで有名であるが…



「…大鳥さんか、珍しいな」

土方は少し驚いた顔をみせたが、それはすぐに呆れに変わった。
机に向き直ると、たまった書類に視線を戻す。

そのまま黙り込まれ、存在を無視された大鳥はどうすることもできずにただおろおろとするばかり。


「ひ…土方くん…」

「今をいつだと思ってるんですか。私は道楽をしにここへ来ているんじゃない」

沈黙に耐えきれず言葉を発そうとした大鳥に、振り向きもせずぴしゃりと言い放つ土方。


確かに今は戦争真っ只中で、ここのところは穏やかな日のほうが珍しいのだ。



大鳥は一瞬怯んだ。

が、ここで引き下がるわけにはいかない。
こう言われるだろうことは承知済みであった。

それでも、どうしても見せたい景色がある。

「土方くん、確かに君の言うことは正しいが、たまには休息も必要だよ。特に君は…近頃疲れ気味じゃないか」

「……」

大鳥が自分のことを心配してくれているのはよくわかる。

普段は意見の違いから口論ばかりになってしまうが、この男は本来優しくて面倒見がいいのだ。
まぁ、面倒をみられているとも言えるが。

__たまには、せっかくのご厚意に甘えてみるのもいいかもしれない。


そんなふうに思う自分がいることに少し驚いたが

「…仕方ねぇな。すぐ支度する」

自分の台詞に、隠そうともせずほっとした表情をする大鳥をみて苦笑してしまった。



*****

"其れ"は歩いて30分程のところにあった。



「すげえな…」


思わず感嘆の溜め息がでてしまうような。

あたり一面に咲き誇る桜の木々__

「昨日散策に来たときにちょっと遠回りをしてみたら、偶然見つけたんだ」

言葉を失う土方に、満足げに、そして誇らしそうに大鳥は言った。

聞こえているのかいないのか。
相変わらず土方は目を細めてこの光景をながめるばかり。


大鳥もそれ以上話そうとはせずに、土方の目に映る景色を己のそれに映し出した。


心地よい静けさが広がる



暫くして、独り言のように紡ぎ出された言葉。


「…隔離された空間、か…」

突然の言葉に、大鳥が「え?」と聞き返す。

声になっているとは思わなかったのだろうか
土方は一瞬大鳥のほうを見たが、またすぐに視線を戻した。


「昔、試衛館にいた頃…近藤さんや総司と花見をしたことがある」

前を向いたまま話す土方の目に映っているのは、大鳥の目に映るものと同じではなく、もしかしたら遠い昔の桜かもしれない。


「あん時総司のやつが言ってたんだ…“ここは隔離された空間のようだ”ってな」

「それは…どういう意味だい?」


怪訝そうに聞き返すこの上司をみて、土方は少し笑った…気がした。

「…桜の木に囲まれていると、時間の流れを忘れちまう。悩みや苦痛が浄化され、汚い日常から解放される。だから別世界みたいなんだとよ」

総司が言っていたと言うが、あるいはそれは土方自身の思うところでもあったろう。


一面の薄い桃色…というよりは白に近いこの空間に包まれていると、今ここで戦争が起こっているなんて嘘のようだと思う。

静寂を聴いていると、自分はここに何百年も前から立っていたのではという錯覚に陥りそうになる。



「なるほど…確かに…」

「変わらねぇんだ」


しばし考えて一人で漸く納得したところに、またも土方が意味の分からないことを言う。

大鳥は考えても無駄と思い、土方を見つめて先を促した。

土方も説明を求められているのだと了承して続ける。


「10年経った今でも、桜の木ってのは変わらねぇ。
それどころか、ここは蝦夷なのに懐かしい気すらしちまうんだよな…。
あん時は近藤さんも総司もいたのにな…」


遠い目。
今土方の目には、近藤勇や沖田総司の姿が映っているのだろう。
それが10年前であるのか、今であるのかは分からないけれど…


あの時、ふと思いついて作った句があった。

土方は今この時間の中でその時の気持ちを改めて感じるのである。

いや、あの時よりもずっと重みがあるかもしれない。



「懐かしい気がするのは、やっぱりここが隔離された空間だからじゃないのかい?
私たちや、時代がどれだけ変わろうとも…桜は同じふうに立っていて、全ての人に同じ感動を与えるんじゃないかな」

手のひらに落ちた花びらを、何とは無しに見つめたまま大鳥が呟く。


少し時間を置いて、そうかもしれないな、と独り言のような返事が帰ってきた。

再び、静寂が二人を包む___



いつまでもこうしていられそうだった。

何も言わなければ、この人はひたすらこの光景を見つめているんじゃないか…と大鳥は思った。




どれほどの時が経ったのだろう…

隣で、一点を見つめたまま動かない土方を、大鳥はそっと眺めた。


何故か、もの悲しい気分になった。


「…土方くんは、桜が好きかい?」


その気持ちの変化を気取られないよう、なるべく穏やかな声で、と努めて聞いてみる。

土方は、黙ったまましばらく考えていた。


そして

帰ってきた答えは意外なものだった。


「私は梅のほうが好きだ……桜は…少し怖いな」

「怖い?」



“自分が生きてるのか死んでるのか分からなくなっちまうからな”



そういって笑う土方は、まるでこの世の人ではないようで__


大鳥は背筋がぞくっとするのを感じた。



_____



それからまた一ヶ月が経った。


蝦夷共和国は間もなく滅びる。
軍議では、ほぼ降伏が決定していた。


…一部の人物を除いては。



昨日、土方は隊を出すと言った。
弁天台場が孤立したらしい。

大鳥は必死で止めたが、彼の決意は固かった。

今頃どこにいるだろう?


その日、大鳥はふと夢をみた。


そこに音はなく、人もいない


映るのはただ一面の…



『人の世のものとは見えぬ桜の花』

fin.



★☆★☆★☆★

あとがきと補足

五稜郭付近で、桜が満開になるのは5月です。
と言ってもこれは新暦での話。

土方さんが亡くなったのは、新暦で言うと6月です。

実際どうなのかはよく分かりませんが(最低)、イメージとしては桜の満開の季節の一ヶ月後…つまり桜が散りきった後に土方さんは逝く、と、そんな風に考えながら書きました。

部分的に、史実と照らし合わせるとだいぶ苦しいところが出てきてしまうんですが、そこら辺は小説なのでスルーして下さいませ。

ていうか、「人の世のものとは見えぬ桜の花」かとばかり思っていたら、実際は梅の花でした。爆

ま、いいか!笑
読んで下さってありがとうございました☆
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