土方本

■□白昼夢□■
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白昼夢



晴れ渡った空の下、若い男達の声が響く。

いつもと変らない試衛館の光景。


歳三は一人、縁側に座して俳句を考えていた。

「_____」

この時間が好きだった。


風に舞って、目の前を花びらが過ぎていくとか

小鳥の声が、晴れた日を一層明るく映すとか…


……だというのに。



「ひっじかったさーん!!!!」

…風流心のかけらも無いこいつの声で、どうして現実に引き戻されなきゃなんねぇんだ。


「なんだ、また俳句ですか?いやだなぁ、やめてくださいよ。

あとで聞かされるこっちの身にもなってください」

歳三よりひと回り背の高いこの沖田総司は、へらへらと笑ながら、さらっと酷いことをいう。

「うるっせえな!!!お前にゃきかせねぇよ!!このクソガキ!!!」

ムキになって罵声をあびせる歳三に、総司は面白そうに笑う。

どっちが年上だか分かったものじゃない。


そんないつもの光景。



「土方さん、たまには道場に行きましょうよ!私、強くなったんですよ」

「はっ、ガキが何言ってやがる。てめぇは雑巾がけでもしてろや」

「酷いなぁ、大人気ない。」

そう言いながらも大して気に留めていない様子で、歳三をみる。

その顔は、苦笑から、何かを思いついたような明るい顔に変った。


「じゃあ!私と試合しましょうよ!!貴方が勝ったら、今日の掃除当番は私がやります。

負けたら、貴方が掃除当番ですからね」

とんでもない申し出に、歳三はあからさまに嫌そうな顔をした。

正直なところ、総司の腕前は知っている。

その腕前が、おそらく自分より上であることも。



けれど、自分よりも7つも年下のやつに負けるなんて、プライドが許さないのだ。

そんなことになったら、総司になんとからかわれるか…考えただけで恐ろしい。

総司だけじゃない、原田、永倉、藤堂は大爆笑するだろうし、源さん、山南さんは同情を含んだ目で笑うだろう。

…近藤さんにまで笑われたら……


「ダメだ!!俺はそんな暇はねぇんだ!!」

とりあえず言い訳してみる。

「何言ってるんですか。いままで暇そうに俳句なんか作っちゃってたんでしょう」

「う、うるせえ!第一、ガキ相手にそんな勝負やってられっか!!」

「またガキって言いましたね…!!だったら勝負して勝てばいいでしょう!!」

もう風流なんて程遠い試衛館の縁側。


そんないつもの光景。



「おう、歳に総司。おめぇらそんなに元気をもてあましてるなら道場に来い。」

ひょっこりと顔を出したのは近藤勇。

「げっ、かっちゃん!!」

「近藤先生!!私も今土方さんと勝負しましょうって言ってたんですよ」

歳三にとって、タイミングの悪いところに現れてしまった。

近藤は、そうとも知らずににこにこと歳三を見た。

「そうか、歳。お前も少しは身体を動かしたほうがいいぞ、ほら、行ってこい」

「かっちゃん、俺はいいよ…!」

「土方さん、私に負けるのが怖いんだって」

抵抗してみるが、悪魔総司の一撃がはいる。


「!!!総司!!そんなんじゃねぇ!!」

「だったらやってみましょうよ、出来るでしょう」

「ちくしょー、やってやらぁ!!雑巾用意して待ってろ!!」


歳三は立ち上がると、さっさと道場に向かって走っていってしまった。

「大人気ないなぁ、歳も…」

苦笑する近藤。

「ほんっと、可愛い人ですよね」

心底面白そうにわらう総司。



そんないつもの光景。

試合の結果がどうなったかは、言うまでもない。



***



___俺らしくもねぇ


休憩用の小さな部屋で、土方は呟いた。

ちょっと時間が空いたので、部屋に戻ったところ、どうやら昼寝をしてしまったらしい。

ここ最近は多摩にいた頃の夢なんて、滅多に見なかった。


なんだって、今更こんな夢を___


ふと時計を見やれば午後4時をさしていた。



嫌な予感がした。

何故だかは分からなかったが、寒気がした。

近藤が死んだ、と知らされたときのそれと、よく似ていた。



「土方さん」

声がして。

振り返りたくなかったが、身体が勝手に声のほうへと向いてしまう。


そこには総司がいた。


別れたときの、あのやせ細った姿ではなく。

無邪気な、笑みを浮かべて。



ああ___

お前も、か


「総司・・・」

「なんて顔してるんです、鬼の副長が呆れますよ」


懐かしい軽口をたたいて。


「土方さん、ひとつだけ、聞かせて」

「……なんだ」


「私が貴方にあげたもの、持ってますか?」

総司は、真剣な目をしていた。

直接、土方が総司から物をもらったことは無い。


けれど。



「……わかんねぇよ」

頬をつたう涙があたたかくて、泣いているのだと知った。



「……ありすぎて、わかんねぇよ……」


総司がいてくれて。

どれほど沢山の思い出をもらったことか。


土方の本当の優しさを知っている、数少ない友人。

鬼の副長としてやってこられたのも、彼がいてくれたからこそ、だ。


多摩にいた頃。

京都への上洛。

壬生浪士組。

そして、新選組___。

数え切れないほど、たくさんのものを貰った。



「よかった__」

総司は笑った。

その目にも、涙が伝う。


「忘れないで下さいね。全部。一つでもなくしたら、もう、からかってあげないから」

「…馬鹿やろう」


土方も、つられて微笑した。


「ありがとう」

総司はそう言って微笑むと、消えた。



「……ちくしょう、言い逃げしやがって…」

再び一人になった部屋で、土方は小さく呟いた。

流れてくる涙を、拭うことも忘れた。





5月31日のことだった____。


fin.

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