土方本

■□尺八名人□■
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尺八名人


蝦夷共和国は平和だった。

真冬は戦も起こることはなく、ここ数日は穏やかなひと時を過ごすことが出来ていたのだ。


そしてここに妙に浮かれた男が一人。

男は、なにやら細長い棒を手に持っていた。

気を抜くと顔が緩みそうで、わざと顔に力を入れてみれば、彼の様子を見た者たちは

「奉行並はなにやらご立腹のようだ」

「また大鳥殿と喧嘩でもしたのだろうか」

と噂を立てる始末。

それでも、今日の陸軍奉行並・土方歳三は上機嫌だった。



手にした竹筒をちらちらと見ては、廊下を早足に歩き自室へ向う。

部屋へ入り、ドアを閉めると、すぐさまその場で竹筒を両手で持ち、深呼吸を一つ…

と。



「あれ〜??歳さん、にやけちゃってどうしたんだえ??」

「__!!!?」

誰も居ないはずの部屋から声が聞こえた。

しかもここに居るはずのない声が。

「伊庭っ!?なんでここに!?って、おめぇ俺のベッドからどけ!!!」

声の主、遊撃隊の伊庭八郎は、土方のベッドから身体を起こしてにやにやしている。


土方は、ベッドに隠れて見えはしなかったものの、人の気配すら感じられなかったほど自分が浮かれていたことに、改めて気づいた。

おまけに、その姿を目の前の男は見ていたのだ。

恥ずかしいことこの上ない。


「やー、カツタロさんから榎本さんに書類を渡すよう頼まれたんでねぇ。こっちへ来たはいいが、また雪が激しくなっちまったんで帰れなくなちまった。眠かったけどおいらの部屋はここには無いから、ちょっくらあんたの部屋を拝借してたんだよ」

何を怒っているのか、とでも言うようにへらへらと言ってのける。

悪いが、そうとうに迷惑だ。笑


「ところで歳さん、そいつは尺八じゃねぇかい。どうしたんだえ?」

伊庭が、土方の手元に目をやった。

手には、先ほど借りてきたばかりの尺八が握られていたのだ。

「あ、ああ。今日菊池さんから借りたんだ。」

伊庭の勢いに押されて、説教の一つも出来ないうちに尺八の話をふられので、土方もタイミングを失った。

尺八話は、土方も正直誰かに話したくて仕方なかったので、今回のことは多めに見ることとする。


菊池、というのは五稜郭に木炭を納品に来る人物である。

彼は尺八の名人で、土方は今日菊池から吹き方を教わった。

「すげぇだろ、あの人俺見て”才能あると思う”ってよぉ」

日頃の陸軍奉行並とは思えない無邪気な様子に、伊庭も頬をゆるませた。

彼のこんな一面を知らない隊士たちは、もったいないと思う。


「で?歳さん、吹いてみたのかえ?」

「ああ、さっき菊池さんに教わりながら一度吹いてみた。やってみるか?」

早く吹きたくてたまらない、というように土方が言う。

伊庭はどっちかといえば吹き「出し」たかったが。笑

早速土方は尺八を吹いてみる。

妙に緊張した姿が可愛らしい。

息を吸い込み、ゆっくりと吐く。


ボォ〜〜〜


間のぬけたような音が廊下まで響いた。

尺八は、力の加減と息の向きが難しい。


「あ、あれ??」

目の前で腹を抱えつつ笑いをこらえる友人をみて、土方は赤面した。

音が少々(?)可笑しいのは自分でも分かっていたが、恥ずかしさと笑われたイラつきで、認めたくない。

「なんだよ、おかしいのか!?てめぇ、笑うなら笑えよ!!分かりやすくこらえてんじゃねぇ!!」


もう一度、もう一度と繰り返し吹いてみる。

そのたびに、尺八は本来の響きとは程遠い、気のぬけた音を発するばかりで。

ムキになって吹く土方を、伊庭は噴出すのを堪えつつ見守ることとなった。

声は出さずに。




その頃。



「本多〜、頼むよ。さっきから廊下で変な音がするんだって」

「もう、大鳥さん!そんなことで僕を呼ばないで下さいよ!!」

本多の後ろに隠れて廊下を指差すのは、土方の上司、陸軍奉行の大鳥圭介。

伝習隊の本多幸七郎は、呆れながら大鳥を見た。

まったく、この男は情けない。

だが、放って置けないオーラが出ているせいなのか、いつもこうして彼のくだらない(笑)悩みを聞くことになるのだ。


本多は、大鳥に後ろから押されるようにして廊下を進んだ。

そして、ある部屋に近づくに連れてその「変な音」は大きくなった。

「…大鳥さん、引っ付かないで。にしても、何でしょうね??不気味な音だなぁ〜」

「だろう?ここって、もとは墓か何かだったんじゃないのかい?ゆゆゆ、幽霊とか…」


忍び足で、ゆっくりと音のほうへ近づく。

緊張のせいか、声も極力小さくなった。

そして、音の発信源の前…

「ひ、土方君の部屋…?」

小声のまま、大鳥がささやく。

本多も、何がなにやら分からない表情で。


とりあえず二人はドアノブに手を掛けた。

せーの、でドアを開ける。

バンッ!!


「_____うおっ!!?って、大鳥さん?本多さんまで…」

「あははは!!!歳さん気づかなかったのかい?あー、駄目だ、おいら腹が痛くて死んじまうよ」



「。。。。。。。。」


部屋には、尺八を手にした土方と、もう限界だと言わんばかりに笑い転げる伊庭。

どうやら伊庭は二人の足音と声に気づいて、あえて口を噤んでいたらしい。


「___土方くんだったのか。ぼ、僕はてっきり幽霊だと…」

大鳥が脱力したように言った。


だが原因がわかれば怖くない。

次の瞬間、大鳥は言ってはならないことを口にしてしまった。


「土方君にも苦手なものがあったんだね、それは尺八の音じゃないよなぁ〜」



・・・・怒。

土方がその言葉を聞き流すはずも無く。

「なんだと…!?俺の尺八が下手だと…ほぉ〜う」

やばいぞ、眉間にシワが。

しまった、と思ったときには遅かった。

「上等じゃねぇかコラー!!!!!」

「ぎゃーーーーー!!!た、助けて本多ーーーーー!!」

「…じゃ、私はコレで…」

「本多さん、帰っちまうのかい?これから面白いもんが見れるさね」

「伊庭ーーー!!てめぇも分かってたなら言えよ!!笑ってんじゃねぇ!!!!」


怒る土方。

逃げる鳥。

呆れる本多に笑う伊庭。

五稜郭の一日は、今日も平和に終わった。


因みに。

その後初めて尺八を吹いてみた伊庭が、ものすごく上手く音を出してしまったもんだから、土方の怒りは頂点に達した。

その怒りの矛先は、大鳥圭介に向けられるのであった…

        fin.



★☆★☆★☆★

あとがき?

切腹します、どうぞ遠慮なくお申し付け下さいませ。
できれば介錯は土方さんあたりが…(殴)


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