土方本

■□旅路□■
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土方は五稜郭にいた。


先ほどから、ため息を吐いてみたり、椅子から立ち上がってみたり、窓の外を眺めてみたり。

かと思えば机に肘を置いて一点を見つめたまま微動だにしなくなったり…。

どうも落ち着かない様子である。


しばらくそうしていたあとで、土方は部屋をでた。

使いの者に伝言を頼む。



「市村を呼んできてくれないか」


[旅路]


「隊長、寒いんですから自己管理くらいちゃんとしてくださいよ」


まだ16歳のこの少年は、小姓という立場でありながらぬけぬけとそんな物言いをする。

他の隊士からすれば、

「また隊長にそんな口の聞き方をして…」

と苦い顔をされるのもしばしばだが、本人それを改める気はまったくない。

それどころか、言われた当人である隊長もさして気にしてはいないようだ。

土方にしてみれば、自分より二まわりも歳の離れたこの小生意気な小姓が可愛くて仕方ないのであろう。


「…ああ、そういえば寒いな」

言われてみれば、というように答えが返ってくる。

部屋の中はひんやりとした空気に包まれていた。

先ほどまで火も熾さずにこの部屋にいたなんて、どうしてこの人は自分のこととなるとどんくさいんだろう…と生意気にも思ってしまう。


いそいそと火を熾し始めた市村を、土方は穏やかな表情で見つめていた。

「鉄、お前今年でいくつになった」

知っているくせにそんなことを問う。

「16ですよ。もう立派な大人です。」

市村は特に気にするふうもなく、手を動かしたまま笑って答えた。


「はは、そうか。もうそんな歳か。お前がうちに入ったときはまだ赤ん坊みてぇだったからなぁ。」

「赤ん坊じゃないですよ!まだ1年しかたってないですって!何年前の話してるんですか」

穏やかな空気、ようやく熾された火が部屋の中を暖かく包み、そして明るく照らした。


「鉄、こっちへ来い」

椅子に腰掛けたまま、土方が手招きする。

その表情はひどく穏やかで。

市村は薪をいじっていた手をぱんぱんと払い、不思議そうに近づいていった。


「なんですか?僕今手が…___って、わぁ!」

思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

土方が、市村を抱きしめたのだ。

今までこんなことは一度だってない。

「ちょ…隊長!?どうされたんで…」

「でかくなったなぁ」

小さな声で、土方がつぶやいた。

「まだ1年か…。成長したな、鉄」

言いながら、離す気配は一向にない。

仕方なく市村は大人しく腕に収まっていることにした。


しばらくそのまま沈黙が流れて。





「お前…日野へ行け」

次に発せられた言葉は、市村に大きな衝撃を与えた。


「え…どうして」

腕を離され自由になった身を一歩後ずらせて。


土方の表情から笑みは消えていた。


「今日の夕刻に出発する外国商艦と話は済んでる。それに乗って…」

「土方隊長!!」

無表情で淡々と告げる土方に、市村は声を張り上げた。

土方は特に驚くでもなく、視線をあげる。


「ここはまもなく敵の手に落ちるだろう。だからお前に、使命を頼みたい。」

そうして差し出したのは、髪を一束と、一振りの刀と、一枚の写真。

それが何を表すのかは嫌でもわかってしまう。

「これを、日野の佐藤家に届けてほしいんだ」


落ち着きすぎた声。

市村にはイライラを募らせるものでしかなかった。


「……いやだ。他の者に頼んでください。僕は…」

「鉄、たまには大人しく言うことを聞け」

「イヤですっ!!僕は…ここでみんなと戦って…」

「…鉄」

「討ち死にする覚悟で来たんです!!僕はもう子供じゃないんだ!!」


感情の高ぶりと共に涙があふれた。

でも、それにも気づかなかった。

その後は自分でも何を言っているのか分からなかった。


この人は、自分をいつまで子供扱いするのか。

自分の覚悟を、何だと思っているのか。

それだけが頭の中を支配して、憎しみすら湧いた。


「市村!!!」


突然の怒声に空気が一瞬固まった気がした。

我に返った市村が見たのは、目の前に立つ鬼人。


喉が詰って、声すら出ない。

「これは隊長命令だ。どうしても聞けねぇのならここで斬って捨てるぞ!!」

先ほどとは打って変わった土方の声。

それはまさに戦場のそれと合致していて。


それ以上何も言えなかった。



「行くか」

気づけば怖くて、必死に首を縦に振る自分がいた。


頷いたことを確認すると、土方はまた椅子に腰掛けた。

しゃがみこんだ市村の頭に、大きな右手が乗る。


「わかってくれ、鉄」


そう言う土方の声は、また穏やかな声に戻っていた。

市村が涙でぐしょぐしょの顔を上げると、土方と目が合う。

「子供じゃねぇよ」

「……?」

「お前は子供なんかじゃねぇ。立派な大人じゃねぇか。ほら、大人が泣くんじゃねぇよ」

困ったように笑って。

それだけでまた涙が出そうになった。



「いいか、お前が半人前だと思ったらこんなこと頼まねぇからな」

姿勢を正しなおした土方に、思わず市村も姿勢を正す。

「時代は変わる。新撰組は賊軍として、世の中から蔑まれることになるだろう」

「………」

「そんな顔をするな。世の中ってのはそんなもんさ。」

当然さ、とでも言うかのように土方は笑って。

「だから、日野へ行ったら、家の人達にお前の見た新撰組を話してやってくれないか」

「………僕の見た…新撰組?」

「そうだ。お前が見て、感じたままに伝えればいい。うそは言うな、正直にだ。出来るか」

「……はい」


市村が頷くと、土方は穏やかな笑顔を浮かべた。

”使いの者の身の上頼み申し上げ候”と書かれた手紙を渡して

「きっと喜んでくれる。気をつけて行けよ」

と言って。

そしてもう一度、市村を抱きしめ、頭をなでてくれた。



準備を整え、五稜郭をでる。

最後に涙は見せまいと、気丈に振舞ってきた。

それでも、胸の詰るようなこの思いは取れなくて。

名残惜しくも土方の部屋を振り返ったら。


「…………あ」



そこには、窓の中からじっとこちらを見つめる人影があった。

とたんに溜めてきたものが溢れそうになり、慌てて前を向きなおした。


あのとき撫でてくれた手のぬくもりは、いつまでも消えることはなかった。


fin.



★☆★☆★☆★

史実をもとにしたフィクションです。
↑よくこういう文の書かれたTV番組とかあるけどさ、これよくないと思うよ。(といいつつも便利なので使います)

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