土方本

■□江戸の華□■
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江戸、試衛館入り口。


その前に一人の男が立っている。


名を伊庭八郎。
背は小さいが威勢はいい。伊庭道場の跡取り息子、つまりはエリートのお坊ちゃんだ。


そんな彼が何故こんな貧乏道場の前にいるかというと…。


江戸の華



しばらく門に喧嘩を売るような格好で立っていた後、彼は両手ををメガホン代わりにして大きく息を吸う。

そして。

「__っとーしさ…」

「おや、八郎さんじゃないですか」


試衛館の陰からひょっこりと顔を出したのは沖田総司だ。
まるで今までの伊庭の行動を見ていたかのようなタイミングで。

__否、見ていたのだ。

それで危ないと思ったら登場する。そういう男である。
総司としては、こんな道の真ん中で大声で叫ばれてはたまったものじゃない。


まぁ、総司に限らず誰にとっても大迷惑なのだが。


「あぁ、沖田さん!歳さんいるかえ?」

迷惑なんてこれっぽっちも考えていないこのお気楽男は、けろっとして沖田に笑顔をむける。

「土方さんなら、さっきそこで暇だ暇だって喚いてましたけどねぇ」
と、縁台を指差す沖田。

「そうかえ、そいつはちょうどいいや。ありがとう!」

そう言って走り出す伊庭を、沖田はやれやれといった顔つきで見送った。


「あっ、いた!歳さーんっ」

伊庭の走っていく先には、さっきまで暇だ暇だと喚いていたという歳三。


「んあ?伊庭じゃねーか」

大して驚きもせず、また来たかというように答えるが。
そんな歳三の様子も伊庭は全く気にしない。

「歳さん、一緒に来て欲しいとこがあんだよ。ちょっと来ておくれよ」
にこにこと…というよりはへらへらしながら誘いをかける。


この男、生まれてこのかた怒ったことなどあるのだろうか?
いや、それどころか真面目にものを考えたことすらないのではないかと思わせるようなヘラ男ぶりで。


まぁ実際は子供の頃からの読書好きで、歳三よりはるかに学はある。
それに彼の家は直参だから、幕府の行く末のことだって考える。
おまけに剣術は見事なもので、歳三などかなう相手ではない。



__だが、それは真面目になったときの話である。


「とーしさーん」

「あぁ?俺は忙しいんだ。おめぇみてぇなガキと遊んでる暇ぁねぇんだよ、総司と遊んでろ、総司と」

伊庭八郎は沖田総司と同い年である。
沖田が浅黒くひょろっと長身であるのに対して、伊庭は色白で六尺(160cm)にも満たないが、年中へらへらしているところはよく似ている。

「その沖田さんに聞いたえ。あんたここで暇だ暇だって喚いてたんだろ?」

「…あの野郎」

にやりと笑うガキに、歳三は敗北感を感じて間違った方向に怒りをぶつけてみた。
…効果はないが。

こうなったら諦めるしかない。伊庭のしつこさは総司以上だ。


「しょうがねぇな。どこ行くんだよ」
「そりゃあ秘密さね。行ってからのお楽しみってぇやつさぁ」

そう言いながら歳三の腕を引っ張る。
その気になったときに連れて行かなければ、またいつ面倒臭がるかわからないのだ。


こうして、二人は試衛館を出た。


******


今日も街は大勢の人でにぎやかだ。



…そんな中に、不機嫌な男が一人。


「…おい。来たかった場所ってのはここか?」

二人が立っているのは、江戸でも有名な大きな……甘味処前。

「ここに美味しい汁粉があるんだよ。おいら昨日から急にこいつが食べたくなっちまったんだよぅ。歳さんも好きだろ?汁粉」


好きは好きだが。

「俺はこういうとこに__っておぃ!」

全く聞いてない伊庭。今彼の頭には汁粉のことしかない。

土方の腕をつかんで、強引に連れ込んだ。



「ねぇさん、汁粉2つね」

伊庭の屈託のない笑顔に、注文を受けた娘はどぎまぎしながら小走りに去っていった。
心なしか頬が赤い。


運ばれてきた汁粉をすする。

…が。



……どうも視線を感じる。

当然だ。一人でも目立つ色男が二人、何故か甘味処で汁粉をすすっているのだから。



「…伊庭、お前何とも思わないのか?」

「ん??あ、歳さんもぅいらないのかえ?」

とっくに自分のぶんを食べ終えた伊庭が右手を差し出す。
くれ、という意味だろう。


歳三はこれ以上言うのを諦めて、あてつけに伊庭の右手を払うと一気に汁粉をそそぎ込んだ。




甘味処を出た頃には、外はうっすらと橙がかっていた。


「さぁて、どぅするかねぇ」

いかにも楽しそうに言う伊庭に。

「頼むからもぅ食いもんはやめてくれ」

横で疲れきったように言う歳三。

どんな表\情をしていても、色男とは絵になるものである。



と、歳三の肩にすれ違った男がぶつかった。5〜6人の巨大男の集団だ。

「いてぇな」

男は二人を睨んだが、どちらも謝ろうとはしない。
それどころか伊庭に関しては、喧嘩の種をまいた歳三をにやにやしながら見ているしまつだ。


無視された男たちは一気に頭に血がのぼったらしい。


「おい、ぶつかっておいて謝罪も無しかよ」

凄みをきかせてみたが、二人にはどこ吹く風である。


完全に頭にきた男たち、横に並んで道をふさいでみた。がたいのいい男に目の前で並ばれるのは気持ちの良いものではない。


とその瞬間、歳三の目つきが変わった。
それを伊庭は見逃さない。面白そうに笑った。

<>br 「歳さん歳さん、そういやぁ食後の運動してなぃねぇ」

「俺の獲物だ、手ぇだすなよ、伊庭」


自分の倍近い肩幅で襲いかかってくる男を、軽い身のこなしでするりと交わす。
なんと言っても歳三は喧嘩慣れしているのだ。

そして相手の溝おちめがけて蹴りをいれた。歳三曰わく、喧嘩にルールなんてない。


街の人々がこちらを見ている。
歳三は嬉々として戦った。


しかし、いくら強くても多人数相手ではそううまくはいかないのが現実。
おまけに力では相手のほうが上だから、だいぶ体力がいる。


何人目かを倒して一瞬気がゆるんだ。
後ろをみると棒で殴りかかろうとする男。

しまった、と思った。



「歳さんっ!」

ピンチを救うヒーローのように、間一髪のところで伊庭が飛び出した。持っていた刀の鞘で受け止めると、刃ではなく柄を使って相手を打ちのめした。


いわゆる「おいしいとこどり」と言うやつだ。


この男、歳三よりも若いし背も小さいが喧嘩は強い。
加えて剣の技術は相当なものである。

男たちはよろよろと逃げていった。お決まりの台詞を残しながら。



一方こちら、勝者なのに浮かない顔が一人。

「…てめぇ、手ぇ出すなって言ったろ」

「ごめんよぅ。でも歳さんが危なそうだったから…」

「あっ…あれは俺がこれからっ__」


美味しいところを持っていかれて不満たらたらの歳三に付き合う伊庭。
肩が震えているのは、笑いを堪えているからに違いない。


「でも無事で良かったねぇ」

「…ふん」

そっぽをむいてしまった。

でもこれが歳三流照れ隠しであることを伊庭は知っている。
もっと深く言えば感謝の意。

伊庭は満足げに笑った。


「さて、日も暮れちまったし…歳さん、おいら腹が減っちまったよ」

「また食いもんかよ!一人で食ってろ!」

「としさーん」



今日も江戸の街はにぎやかである。

fin.




☆★☆★☆★☆★

反省ぶ…じゃなくて、あとがき。

伊庭を可愛くしようと思ったら馬鹿みたいに…汗
可愛いのは歳さんだけで十分てことか?違

伊庭はお汁粉が好きです。征西日記でもよくでてきます。

全然関係ありませんが、島田魁はお汁粉を鍋一杯食べたそうです。さすがですね。


…それにしても、江戸時代のチンピラってどんなんでしょうね。ぜったいこんなんじゃないですよね;;

では、読んで下さりありがとうございました。



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